オーディオ・現在の姿2008-07-28 Mon 10:39
![]() 数ヶ月前にアキュフェーズ C-275を導入しました。 で、いまはこんな感じです。 ラックの上にあるほど音の上流で、 アキュフェーズ DP-57 アキュフェーズ C-275 アキュフェーズ P-500L ヤマハ SOAVO-1 ちなみにこの映像は チャイコフスキー ピアノ協奏曲第一番 ワイセンベルク(P) カラヤン指揮ベルリンフィル でした。とても華麗絢爛な音楽絵巻です。 クラシック人気blogランキング♪ |
バッハ オルガン名曲集(バッハ258年目の命日に寄せて)2008-07-25 Fri 21:00
7月28日はヨハン・セバスティアン・バッハの命日です。 偉大な大バッハは、生前、オルガンの名手として知られ、並ぶ者のない存在でした。 各地でオルガンの設計や目利きにも一役買っていたといわれますから、彼のオルガニストとしての名声は夙に聞こえたものだったようです。 そんなバッハですから、オルガン曲には数多くの傑作を残していて、いまでもこの分野では圧倒的な存在感を誇っています。 ここでは、彼のオルガン曲を集成したアルバムを紹介します(もちろん廉価盤)。 弾き手をつとめるのは、いずれも20世紀を代表する名オルガニストたち、ヴァルヒャ、リヒター、アラン。 お気に入りの一枚を見つけてください。 *聴き比べは、主にBWV565(トッカータとフーガ ニ短調)、BWV645(コラール・プレリュード「目をさませと呼ぶ声が聞こえ)で行います。 ★リヒター盤 ![]() ↑HMVであなたもいますぐこの名盤をゲットできます! リヒターは古楽(特にバッハ)指揮者としても、いわば信仰の対象となりうるような世界を打ち立てた人として知られますが、オルガニストとしても大変にすぐれた奏者でした。 彼の音楽には、軽佻浮薄とは正反対の、重厚で感情の視座が長い、独自の重力が息づいているようです。 BWV565では、冒頭から低音の迫力がただ事ではなく、熱気に満ち、聴くうちに高揚してくる音楽になっています。 若々しい力の横溢が感じられ、それでいながら崇高な感情が見事に同居しています。 テンポの揺れはかなりありますが、演奏者の心理的裏づけを感じさせるもので、不自然さはありません。 むしろそこに聴き手はひきつけられるであろう演奏で、一音たりとも聞き逃せない音楽です。 BWV645も、同様にたっぷりとしたテンポを設定して思い入れに満ちた音楽をかなでているのが印象的です。 バッハの音楽にかけるリヒターの強い意志をひしひしと感じさせ、すこぶる濃厚な演奏ともいえそうです。 祝福の歌、という印象は薄らぎ、むしろキリスト賛歌とでもいえそうな崇高な感情を聴き取ることができ、たいそう感動的な録音です。 1954年の、デッカレーベル初のステレオ録音となったもので、その年代が信じられないほど豊穣で見事なサウンドはぜひ一度体験してみていただきたいです。ヒスノイズも少なく、低域の迫力など耳を疑うほどです。 (録音 1954年) DISC Recommend 1 演奏 ★★★★★ 2 録音 ★★★★ 3 不朽 ★★★★ 4 買得 ★★★★★ 5 必須 ★★★★ ★ヴァルヒャ盤 ![]() ↑HMVであなたもいますぐこの名盤をゲットできます! もっとも自然体で、気負いとはいっさい無縁のバッハ。それがヴァルヒャです。 BWV565では、思い切りの良い、すっきりとしたテンポで終始運ばれてゆきますが、何気ない音にも無限の味わい深さがあり、バッハ本人が弾くのをもっとも連想させやすい名演ではないでしょうか。 ご存知のように、視力のハンディを背負っていたヴァルヒャは、すべての音符を音で教わり、記憶して弾いていたわけですが、そんなことも、この純粋無垢な、驚異的な無私の芸術に結実しているのかもしれません。 音色にも魅力があり、すがすがしく聴いていて心を洗われるほどです。 BWV645では、あたたかい人柄を感じさせるような好演で、祝福のムードにもっともふさわしいです。 音色のよさを充分に生かして聴き手の心をとらえ、幸せに満たすような音楽としていて、とても感動的です。 ある意味では時代遅れなスタイルかもしれませんが、私は『有り』だと思いますし、きっと未来においても輝きを失わない演奏ではないかと思います。 録音には曲によってばらつきがあり、ややヒスノイズが目立つのが残念ですが、年代を考えれば及第点には達しているといえます(逆に、デッカが凄すぎるのです)。 (録音 1956-71年) DISC Recommend 1 演奏 ★★★★★ 2 録音 ★★☆ 3 不朽 ★★★★★ 4 買得 ★★★★★ 5 必須 ★★★★☆ ★アラン盤 ![]() ↑HMVであなたもいますぐこの名盤をゲットできます! 現存するなかではもっとも偉大なオルガン奏者といえるのが、アランです。 彼女はバッハのオルガン曲を複数回、作品集にしていて、これは彼女の壮年期の全集から取られたものです。 その音楽はきわめて流麗で、清流が流れるようですらあります。 BWV565のような、クラシック音楽の膨大な海においても、特筆すべき激しさを持つ音楽でさえ、アランの手にかかると、とてもスタイリッシュで、しかも軽薄さとは無縁の正統的解釈によって達成されているのが凄いです。 トッカータの鮮やかな完成度と、見通しの良い音楽作りが活きているフーガのバランスも見事というほかなく、きわめて端整、かつ明るい光も感じさせます。 いつ聴いても満足させられる佳演で、リファレンス的演奏ともいえます。 また、BWV645においては、その軽やかさが、天上の調べを聴くように美しいコラールとなっています。 この曲の純音楽としての素晴らしさを、再認識させる演奏で、いかにも女流らしいみずみずしい感性が光ります。 低音の迫力ではややリヒターに遅れをとりますが、全体に録音クオリティはとても高く、明瞭なサウンドなのも好ましい点です。 (録音 1979年) DISC Recommend 1 演奏 ★★★★★ 2 録音 ★★★★☆ 3 不朽 ★★★ 4 買得 ★★★★★ 5 必須 ★★★★ クラシック人気blogランキング♪ |
シベリウス ヴァイオリン協奏曲 ムター(vn)&プレヴィン指揮ドレスデン・シュターツカペレ2008-07-18 Fri 21:00
![]() ↑HMVのサイトに飛びます ヴァイオリン協奏曲の傑作として、このごろ特に、演奏会で採りあげられることが多いシベリウス。 実演で聴く機会がとても多いのは、この曲の評価が高まってきていることを感じさせます。 チャイコフスキーやベートーヴェンと較べるといささか地味ながら、彼らしいリリシズムと北欧的な詩情、繊細美麗な音楽は、一度聴いたら虜にさせられてしまう魅力を持っているのです。 ここに聴くのは、ムターがプレヴィンと録音したもので、夫であった指揮者と、彼の愛していたドレスデンのオーケストラ(シュターツカペレ、ドレスデン国立歌劇場管弦楽団)が、まさに渾身の音楽体となって、すこぶる充実した演奏を聴かせてくれるものです。 シベリウスの音楽は、私が冒頭に書いたような、リリシズム、あるいはフィンランドの自然を写しこんだような、乾いて冷涼な空気感を持っている、と評されることが多いです。 もちろんそれは事実であって、そのことが、北国生まれの私を強くひきつけるのも事実ながら、その内奥に、たぎるような情熱と、羞恥心によって隠されてしまっているロマンティシズムの根が張られております。 それがいわば重要な複線となって、彼の作品全体を、ただの環境音楽にしないだけの役割を果たしていますし、そこには【秘められたもの】特有の淫靡で禁断めいた香気さえ、ときに感じさせたりもするのです。 ムターのヴァイオリン演奏は、まさにこのコンチェルトの本質を衝いています。 冷涼で凛とした演奏をすれば、見かけはシベリウスらしいものが出来上がってきますから、そうした奏者に、実演で出会うことも多いわけですが、そのときに感じてしまう物足りなさは、前述の【秘められたる魂】への配慮のなさ、に起因するとも思うのです。 ムターの豊潤で熱気に満ちたヴァイオリンを、シベリウスらしくない、と言い切ってしまうのは、ですから誤謬であって、むしろこの曲の名盤といわれる、ハイフェッツ、チョン・キョンファらも、やはり抑えきれぬほど烈しい感情の疾走によって演奏を形作っていたものでした。 第一楽章14:30からのムターの凄絶ともいえる音楽と、それを盛り立てるプレヴィンのオーケストラとの絶妙すぎるほどの呼吸は、私が他のいかなる演奏にも求めて得られなかっただけのものですし、いってみれば度肝を抜かれるという表現に行き着くだけのエネルギーがあります。 第二楽章はむしろオーケストラの華麗ですが精細であるという素晴らしい音色が聴かれ、ムターの慈しむように歌うヴァイオリンと絡み合って、この世ならぬ桃源郷の美しさを表現するかのように陶酔的で、幻想的です。 第三楽章では、例の舞曲的テンポに乗って、魂が駆けてゆくような興趣であって、いささか前半の二楽章に比して出来栄えは劣る音楽ながら(それはシベリウスの筆の問題です)、そうした瑕をいっさい感じさせない完全なエンペラースタイルに仕上げていて、技術も、音楽も、情熱も、すべてが充実の極みで、感動的な終末にたどり着くまで、聴き手の心を惹きつけて離しません。 録音もドイツ・グラモフォンの誇る4Dシステムを代表する秀抜さで、これだけのクオリティで収録された名演・名曲はそう多くはないでしょう。弦の弾かれた音のリアリティ、オケの質感、シベリウスらしい広大な空間の表出が見事で、このレーベル屈指のものです。 結果として、価格はやや張りますが、この傑作協奏曲を代表し、またムターを代表するディスクとして、強力に推薦したいと思います。 また、シベリウスを知る上でも、けっして欠かすことのできない名盤であると確信します。 併録されているセレナーデも可憐な名曲で、一聴の価値がありますのでぜひ聴いてみてください。 (録音 1995年) DISC Recommend 1 演奏 ★★★★★ 2 録音 ★★★★★ 3 不朽 ★★★★★ 4 買得 ★★☆ 5 必須 ★★★★★ ![]() ↑あなたもいますぐこの名盤をゲットできます! HMVでクラシック クラシック人気blogランキング♪ |
シシュ ヴァイオリンコンサート(第四銀行株主限定) 2008/7/17於りゅーとぴあ2008-07-18 Fri 10:31
![]() ☆プログラム☆ クライスラー プニャーニの様式による前奏曲とアレグロ ラフマニノフ ヴォカリーズ サン・サーンス 序奏とロンド・カプリチオーソ クライスラー 愛の悲しみ 愛の喜び サラサーテ ツィゴイネルワイゼン フランク ヴァイオリンソナタ (伴奏P 中島由紀) 第四銀行株主限定ということで、上記のコンサートに行ってまいりました。 マリナ・シシュはフランスの若手ヴァイオリニスト。入りは8割ほど。 まだ27歳ということで、私よりも年下です。オイストラフの孫弟子にあたるそうです。 まったく期待せずに行ったコンサートでしたが、思わぬ拾い物をした気分になりました。 音色は豊潤で、ムターの若い時分を見るような趣もあり、そこにいかにもフランス的猫気質な(というべきでしょうか)気まぐれな気高さを見せていて、きわめて魅力的な奏者でした。 テクニックはまだ未完成な部分も散見され、演劇的にいうなら「発声の子音がときに甘い」ように聴こえる箇所もありましたが、それを補ってあまりある馥郁たる音楽を奏でていて、またその弾き姿も美しく(プログラムの写真よりもずっと)、こんなによいヴァイオリンリサイタルは久しぶりでした。 なかでも内容が充実していたのは『クライスラー プニャーニの様式による前奏曲とアレグロ』で、気品ある音色と、曲との同質性を如実に感じさせる燃焼度の高い音楽で、期待していなかった私をも、一気に自分の世界に引きずり込んでくれたと思います。 ただ、サラサーテでは、伴奏の中島女史との息がいまいちあっておらず、そのせいか技術的ほころびも数箇所聴かれたのは残念でした。 また、後半に置かれた、フランクのソナタは、私がこの曲をいまだに魅力的と思えないため、今回聴いても、どうにも手応えのなさが残る結果とはなりましたが、これは私(聴き手)の問題ですから仕方ないことでしょう。 うちの嫁さんも、ばらばらの小品を繋ぎ合わせたみたいなソナタ、といっておりましたから、私だけの感想でもないとは思うのですが。 ともあれ、全体にはとても上質のコンサートで、また心配していた聴衆マナーも比較的よく(フランクの途中で一度拍手はありましたが)、存分に楽しめました。 すぐれた奏者だと思いますし、これからまだまだ伸びそうです。 シシュは機会があればまた聴きたいですね。 クラシック人気blogランキング♪ |
ツィマーマン(ツィメルマン) ピアノリサイタル 2008/7/12 於りゅーとぴあ2008-07-13 Sun 09:14
![]() ☆プログラム☆ J.S.バッハ:パルティータ ハ短調(第2番) ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第8番「悲愴」 ブラームス:四つの小品 Op.119 バツェヴィチ:ピアノ・ソナタ第2番 いよいよ現代最高のピアニストのひとりである、ツィマーマンのソロリサイタルが新潟市でも聴ける! 彼の大ファンで、これまで5回にわたりリサイタルに通っているという、私の大学時代の恩師(S教授とします)も他県より遠路駆けつけ、開演を待ちました。 駐車場にも県外ナンバーの車が多いように思えます(熊本、京都なども)。 バッハは、音符のすべて、音楽の隅々にまで、高潔で崇高な感情が息づいているような演奏。 音そのものはきわめてなめらかで、ベルベットのような肌触りなのですが、一方でつねにほのかな暖かさを失うことなく、バッハを聴く喜びを感じさせるピアノでした。 ベートーヴェンは、第一楽章の弱音の美しさに、魂が吸い寄せられるような感動を覚えました。 銀色の月の雫が垂れるような、この世のものならぬ美しさの限りで、このような音楽であったのかと、目をみはる印象でもあり、落涙を禁じえないだけのものがありました。 後半のブラームスは高雅でたおやかな情感を大切にして、緻密ながら音楽性豊かに織り上げられた演奏で、よく弾きこまれていることを実感させました。コヴァセヴィッチに同曲の名演(Philips、1969年)がありますが、その録音に近い印象を与える演奏で、ツィマーマンの円熟を感じさせたものです。 バツェヴィチはたいへんな技量を要求する難曲ですが、その技巧の冴えは素晴らしく、またポーランド作曲家独特のパッションの発露と、女流ならではの繊細なきらめきの音を遺憾なく再現しており、ぜひとも録音してほしいと思わせる名演でありました。 なお、アンコールにはシマノフスキが演奏され、これも白熱したもので、スタンディングオベーションの嵐となりました。 全体にミスタッチを少しも恐れない青年のような果敢さで(それは私が彼に持っていた完璧主義者という先入観を、いい意味で覆してくれるものでした)、崇高な音宇宙の世界を表出させており、ツィマーマンのリサイタル初体験の私は、大いに感動・満足して帰路につきました。 ぜひ機会を見つけてまた聴きたいピアニストです。 クラシック人気blogランキング♪ |
チャイコフスキー ピアノ協奏曲第1番&ラフマニノフ ピアノ協奏曲第2番 リヒテル(P)&カラヤン指揮ウィーン交響楽団、ヴィスロツキ指揮ワルシャワ国立フィル2008-07-11 Fri 12:38
![]() ↑HMVのサイトに飛びます リヒテルは、ギレリスなどより一世代前に位置するソ連のピアニストです。 不世出の名ピアニストのひとりといっても良いかと思います。 研ぎ澄まされ、極限まで高められた緊張と、妥協を許さない、正確・強靭な打鍵、音楽の深遠まで探り当てるような深みのある表現は、まさにソ連随一の巨匠(かつ、世界的名ピアニスト)という形容にふさわしい音楽家でした。 そのリヒテルの最良の録音と呼べるものが、このCDです。 ほの暗く燃え盛るようなロマンティシズムで壮大かつ幽妙に弾き抜かれているラフマニノフの素晴らしさは、この録音(1959年!)から半世紀が経過した今でも、同曲の決定盤として、君臨しつづけているほどのものです。 きわめて男性的であるのに、リリカルなデリカシーにまったく欠けるところがなく、しかもいたるところにヴィルトゥオーゾ的手腕の発揮が見られて、驚異的な名演を実現しているのです。 とくに第2楽章の瞑想的な美しさは、他に比肩するだけのものがいまだにありません。 ヴィスロツキはほぼ無名の指揮者ですが、ここではむしろ、リヒテルのピアノに影のように追従することで、この名作のオーケストレーションの可憐さをよく出していて好演といえますし、無視されがちなワルシャワ国立フィルの健闘も、私は見逃すべきではないと思います。 ひるがえってチャイコフスキーは、カラヤンが指揮していて、ここでの管弦楽の雄渾壮麗は、数ある同曲の録音のなかでも飛びぬけて素晴らしいものといえます。 おそらく、ウィーン交響楽団にとっても代表的名盤として、不動の地位をここまで維持しているであろう録音で、その響きと技量、音楽のあふれていることには驚かされます。 リヒテルとカラヤンは、たがいに競い合うように(協奏曲→競争曲的に)火花を散らしているなどといわれる演奏ですが、私には必ずしもそうは思えず、むしろ両者が、渾然一体となって、驚異的に美しい音のユニゾンを生成してゆく様が、なんとも感動的です。 おそらく音楽性の本質ということでは相当に差のある両者が、演奏のなかで歩み寄って、偉大なチャイコフスキーの名作を、最良の姿で残すことに使命を帯びている印象があって、いつも聴きつつ心をうたれます。 リヒテルのピアノはロシアの大地に映える秋晴れの空のように広大で青く冴え冴えとしており、カラヤンの指揮は大地を鳴動させる天体の動きを見るように荘厳です。 この曲の決定盤としての地位を、いまも、そしておそらくは今後も、維持してゆくだろうたいへんな名演で、聴くほどに味わいを増すのも、両者とチャイコフスキーの偉大さも現れという気がいたします。 録音はこの年代を考えれば相当クオリティが高く、自然な質感で楽器の音がとらえられていて、普通に聴く分にはなにも問題ないどころか、むしろ最新録音のぎすぎすした音よりよほど好印象です。 これだけの名演が収まって、お札一枚以下というのですから、なにを差し置いても手に入れてほしいマストアイテムといえると思います。 (録音 1959、1962年) DISC Recommend 1 演奏 ★★★★★ 2 録音 ★★★☆ 3 不朽 ★★★★★ 4 買得 ★★★★★ 5 必須 ★★★★★ ![]() ↑あなたもいますぐこの名盤をゲットできます! HMVでクラシック クラシック人気blogランキング♪ |
7/12のツィマーマンの新潟市リサイタル、プログラム情報です2008-07-10 Thu 11:11
りゅーとぴあからの情報提供。
J.S.バッハ パルティータNO.2 ベートーヴェン ピアノソナタNO.8『悲愴』 ブラームス 4つの小品(作品119) バツェヴィチ ピアノソナタN0.2 楽しみですね。 目玉はベートーヴェンの8番か、バツェヴィチのようですね。 クラシック人気blogランキング♪ |
東京交響楽団 第49回新潟定期演奏会 2008/7/6 於りゅーとぴあ2008-07-07 Mon 01:27
![]() 指揮/金 聖響 ソプラノ/澤畑恵美 メゾ・ソプラノ/竹本節子 合唱/にいがた東響コーラス、合唱指揮/山神健志 ♪シューベルト:糸を紡ぐグレートヒェン(Sop) ♪シューベルト:アヴェ・マリア(Sop) ♪シューベルト:魔王(M-sop) ♪マーラー:交響曲第2番 ハ短調「復活」 『復活』を聴くのは何回目だろう? 実演でも数回聴いているし、録音では数百回だと思います。 過去に縁があって、さる仕事でこの曲にかかわり、入手できる録音はすべて聴き尽くすほどになりました。 ですが私は、この曲を、おおむね凡庸な楽想しか持たぬ作品だとも、近頃は特に思うのです。 もちろん、マーラーの天才が発揮されている部分もあって、第一楽章の途切れない緊張や、音楽が凝縮されて詰まっている第三楽章などはすばらしいと思います。 しかし、第四楽章などいかにも陳腐ですし、最終楽章の幼稚さには目を覆うべきものすらあります。 いそいで断っておきますが、だから駄作なのではありません。 陳腐さと低俗さ、それと、高貴で独創的なものがアマルガムとなっているのが、マーラーの特色でもあるのです。 そしてそれが、とにかくすべて最高に濃い味付けをされている、というのが、私のマーラー作品(特にその初期)における印象です。 しかし、それは真に偉大な指揮者によって再現された場合にのみ、魅力的な料理と思うのであって、その意味では今回の演奏、私には残念なものでした。 金 聖響という指揮者は、このたび初めて聴きました。 これが彼のベストパフォーマンスではないと思うのですが、ときに意図のわからないフレージングやテンポのタメがあり、そのたびに聴き手である私は緊張を殺がれてしまいます。 オーケストラもよく付いて行っているとは思えないし、そうすると指揮者の独りよがりに聴こえて仕方ないのです。 あるいはキャプラン版の成果であろうと推察される箇所がいくつかありましたが、あきらかに未消化で、流れを阻害してしまっています。そうするとこの大曲を、飽きずに聴きとおすことが、そもそも難しいのです。 まじめな指揮者であることはわかります。そのことは、第一楽章の後に、楽譜どおりの休憩を入れたことでも明らかです。 ですが、合唱の扱いも含めて、どうにも楽器・声とのバランスも良くなく、また弦・管との調和も取れていたとは言いがたい。 アンサンブルにも少なからぬ乱れがあって、いつもの東京交響楽団のレベルからすると、疑問が残ります。 数年前、井上道義がこのオーケストラを指揮して、見事な『復活』を聴かせてくれました。それに比較して、数段落ちる出来栄えと思います(その井上ですら、リハーサル時には表現できていたマーラーの深奥のミステリアスな部分を、本番中にはついに出現させられなかったのですが)。 また、井上のときと比して、オーケストラに常に余裕がなく、それが美的とはいえない響きを随所で響かせてしまっていたのも悔やまれるところです。 追い討ちをかけるようですが、Msの竹本節子女史の歌も、あまりにオペラティックすぎ、いわば【祈り】の音楽であるはずのものを、台無しにしてしまっている印象でもありました。 いろいろ苦言を並べてしまいましたが、金氏はまだ若い。 ぜひリベンジを期待したいところです。 クラシック人気blogランキング♪ |
チャイコフスキー 後期交響曲集 ザンデルリング指揮ベルリン交響楽団2008-07-04 Fri 21:00
![]() ↑HMVのサイトに飛びます 旧東独の名指揮者ザンデルリング。 彼のような存在こそ、やや地味ながら【隠れた巨匠】とでも言うべき音楽家だと思います。 ザンデルリングはフロイセンの生まれですが、ナチス政権から遠ざかる為にロシアに亡命した経験を持ち、戦後は東独で指揮者活動を行いました。スウィトナーやレーグナーらとともに、かの国では中心的存在であった指揮者でした。 ロシア亡命の際に、ムラヴィンスキーの下でレニングラードフィルの指揮者をも務めた経緯から、チャイコフスキーがザンデルリングにとって重要なレパートリーとなったであろうことは、容易に推察されます。 ですから、ここでの録音も、いかにもザンデルリングらしい豪快さを持ちながら、ロシア的な哀愁をそこここに漂わせて不足するところがありませんし、悠場迫らぬ足取りは、軽騒に演奏されがちなチャイコフスキーの音楽を、見事な立体物として描き出していて、いかにも素晴らしいです。 凡庸な指揮者が、あわただしくせわしなく演奏することで、チャイコフスキーの本来ロマンティックで夢みるような音楽を、いかにも安っぽい、イミテーション的なお遊びに堕させてしまうことがきわめて多いなか、このような交響体としての充実を見ると、彼の作品をブラームスやベートーヴェンに比して低くみなしがちな方にも、ぜひ再認識の意味で聴いていただきたい、稀有の名演として価値をもつように思われます。 たとえば第4番の最終楽章など、ラプソディックな面もある楽想なのに、けっして軽々しい音楽にならず堂々たる終結を作りえていますし、チャイコフスキーの【英雄交響曲】と呼んでよい傑作、第5番のきわめて意味深い響き、ずっしりとした足取り、シリアスで高貴な悲劇の表出といった長所は、他の指揮者では得られないだけのものがあります。 第6番『悲愴』は、冒頭からほの暗い暗黒を並々ならぬ緊張感で表現していて、オーケストラの力量と、指揮者の胆力にも驚かされますが、それがフィナーレまでいっさい途切れずに継続するという点にこそ評価を与えたいと思います。 力強く、ヒロイックな響きでグイッと描かれた演奏で、これだけの巨大なチャイコフスキーを、現代の指揮者に求めるのはもはや難しいのではないでしょうか。 嫋嫋たる旋律でもけっして女々しくならず、【大地が泣いている】ような偉大さを感じさせるのは、感動的でさえあります。 しかもそれを支えているのは、オーケストラの充実しきった抜群の力量です。 西側のベルリンフィルのような洗練は望めませんが、無骨ながら音楽性豊かで、職人的なオーケストラなのは間違いなく、そのサウンドも重厚で素晴らしいです。 おそらく実演に接していれば、胸をうたれて言葉もなくすであろう偉大さをそなえた演奏なのですが、そうした名演にありがちなとっつきにくさもなく、これらの傑作の姿を、たとえばはじめて聴く方にも、実にわかりやすく、また魅力的に聴かせてくれるであろうという点で、ひとつの理想的録音であることは、驚異的ですらあります。 けっして音楽が媚びたりしないのに、その真の姿をたちどころにあらわにしてしまうというのは、この指揮者が持つ稀な能力のなせる業でしょう。 なにも変わったことはしていないのに、その音楽性だけでここまでの演奏にしてしまうことが、むしろザンデルリングの凄さといえるのではないでしょうか。 録音は、特にベルリン交響楽団のすぐれた低弦をとらえていて見事です。 空間表現も充分にできていますし、管楽器の燻し銀のような音色の質感もよく、この名演を存分に楽しめる良好な録音であると思います。 このディスクは、オリジナルではLP3枚分だったチャイコフスキーの後期交響曲集をまとめたもので、それだけでもたいへんなお買い得感があるものです。 これだけの演奏・録音がこの価格なら、ぜひお聴きいただきたいCDです。 極端なことをいえば、聴き比べに興味がないような方であれば、チャイコフスキーの後期交響曲集はこのCDさえあれば用が足りるほどのものです。 (録音 1979年) DISC Recommend 1 演奏 ★★★★ 2 録音 ★★★★ 3 不朽 ★★★ 4 買得 ★★★★★ 5 必須 ★★★☆ ![]() ↑あなたもいますぐこの名盤をゲットできます! HMVでクラシック クラシック人気blogランキング♪ |
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