マーラー 交響曲第1番『巨人』 ワルター指揮コロンビア交響楽団2008-05-23 Fri 21:00
![]() ↑HMVのサイトに飛びます マーラーの交響曲第1番『巨人』は、青春の音楽である。 作曲家が28歳で書いた作品だから、というだけではなく、その内容の感じ易さ、激しやすさ、勇ましさ、将来へのぬぐえぬ不安、どれをとっても青い炎が燃え盛るのが見えるような音楽なのです。 マーラーは、いくつかの習作のあと、この『巨人』を書きました(このタイトルは、現在、作品の内容と関係ないものです)。 第1番のシンフォニーとしての完成度は、とても高くて、これに匹敵する第1番は、ブラームスしかないくらいです。 書法はすでに鍛錬の必要がないほど磨かれていますし、個性の証が作品中にちらばめられて、そのまぶしさにはめまいがするほどです。 青葉の吹き出るような第一楽章のみずみずしさ、うきたつ心を抑えられない第二楽章のときめき。 将来へのおののきをこめられた第三楽章は、すでに晩年のテーマの萌芽をすべて聴き取れるほどグロテスクです。 そして、勝利と歓喜の爆発である第四楽章。 マーラーの作品中、もっとも古典的均整のとれた交響曲でありながら、感情の振幅は、彼以前の作曲家の常識をはるかに超えているのです。 ベルリン生まれの名指揮者、ブルーノ・ワルターがマーラーの弟子だったことはよく知られています。 マーラーは生前、作曲家としてより、むしろ世界最高の指揮者として名声を得ていましたが、そのアシスタントとして頭角を現してきたのが、まさにワルターその人でした。 マーラーの死後に交響曲第9番や『大地の歌』の初演をおこなったのは、ほかならぬワルターでした。 彼以外にも名指揮者クレンペラーがマーラーの薫陶を受け、メンゲルベルクもまた作曲家から信頼されていましたが、生涯の親友といってよかったのは、ワルターただ一人だったといいます。 ワルターはユダヤ人でしたから、ナチスドイツの台頭に身の危険を感じ、逃亡と亡命を重ね、ついにはアメリカに至ります。 戦後も活躍を続け、いったん引退した彼に、専属のオーケストラによる、主要なレパートリーのステレオ録音計画が持ち上がりました。 この専属オーケストラが、コロンビア交響楽団と名づけられた団体です。 ワルターは、最長でも一日に二時間という約束で、ふたたび録音を開始します。 それは、なんという孤独な芸術の精華だったのでしょうか。 故郷を追われ、悲劇により娘夫婦も失って、たどりついた異郷の地で、彼は名演を残したのです。 それが、名高いベートーヴェンの『田園』やブラームスの『第四番』、シューベルトの『グレイト』といった録音です。 そして、彼の死の前年に録音されたのが、このマーラーでした。 じつにワルター翁85歳。 ですが、これが老人の音楽でしょうか? あくまで音楽は生き生きと躍動し、純粋さを微塵も失っていません。 驚異的な若々しさなのに、細部まで意が尽くされ、万全の出来栄えです。 身振りの大きいバーンスタイン盤(コンセルトヘボウも、ニューヨークも)も名盤ですが、むしろそれらよりスケールの大きさで勝っていると思わせるのは、真に偉大な、ワルターという指揮者のすごさでしょうか。 バーンスタインのような没入的指揮ではありません。というより、慈愛に満ちた理性で、師の音楽を、すみずみまで再現し、普遍的な感動にまで高めています。 この録音をおこないながら、ワルターの胸中には、どんな感情が去来していたのでしょうか? まさに歴史の証人でもあった、ひとりの偉大な音楽家の人生を、この録音に聴くように思うのは、私だけではないでしょう。 それはマーラーの人生を、聴く思いでもあるのでした。 私は、彼の第9交響曲を聴いたあとこそ、この第1番『巨人』を聴き返したくなります。 かならずしも幸福ではなかったマーラーという人間の、彼の長い旅のはじまりと、その終焉が、そこには見えるようです。 録音はステレオ初期のものとしては上質です。 リマスタリングのたびに音がよくなっていますが、とくに低音の響きは特筆すべきものがあります。 ただ左右の分離はいまいちで、これは年代を考えるとやむなしですが、それでも充分に好ましい音であると感じられます。 CDのバージョンによって音がかなり変わりますから、なるべく最新のものをお求め下さい。 (録音 1961年) DISC Recommend 1 演奏 ★★★★★ 2 録音 ★★★☆ 3 不朽 ★★★★★ 4 買得 ★★★ 5 必須 ★★★★★ ![]() ↑あなたもいますぐこの名盤をゲットできます! HMVでクラシック クラシック人気blogランキング♪ |
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