シューベルト 交響曲8番『未完成』&9番『グレイト』 ヴァント指揮ベルリンフィル2008-02-10 Sun 14:48
![]() ↑HMVのサイトに飛びます シューベルトの交響曲も、ブラームスやシベリウスと違う意味でですが、名演が生まれにくい音楽です。 カップリングで一枚にされることの多い2曲ですが、両方とも名演、ということは、よほど珍しいことといえます。 デリケートなのに、大胆に演奏しなければ表現しきれないという難物で、実演ではがっかりすることも多い作品たちです。 ギュンター・ヴァントは驚くべき老巧の人でした。 若い頃は硬さや鋭さが耳についた彼の指揮が、年輪を重ねてゆくほどに風格と安定感を増して、とくに最晩年にはベルリンフィルに客演し、大変な名演を何度も披露しました。 これはそうしたベルリンへのライブを、初めてCDにした録音で、1995年のものです。 ヴァントは第8番『未完成』で、地の底からの響きを聴くような音楽を、恐るべき集中力でつくりあげていて圧倒されます。 定評あるベルリンフィルの低弦楽器を活かし、一人で聴いていると引きずり込まれてゆきそうなほど、重い引力を持った音楽にしています。 そうでありながらきわめて、この世のものではないほど美しく、その美の世界は、夢幻の園でたゆたうシューベルトの魂を見るかのようですらあります。 また、さらなる難物の第9番『グレート』では、超一流の構築力を持ったヴァントならではの引き締まった名演です。 この曲を評してシューマンがいった「天国的な長さ」という言葉を、聴きながら飽きさせずに実感させる稀有な演奏です。 シューマンのいう「天国的な長さ」は、冗長な指揮者の手にかかると、ひどく退屈で聴きとおすことが難しいような音楽に堕しがちでもありますが、ヴァントに限ってはそのような危惧とは無縁といえます。 80歳を超えた老指揮者にして、青年シューベルトの作品をようやく十全に表現しうるということの奇跡を感じます。 彼の交響曲創作は、ようやく最後の2曲で本領を発揮しつつあるところでした。 その意味でシューベルトは、モーツァルト以上に、その早世を惜しまなければならない作曲家のように、思えてなりません。 録音はRCAの傑作。この盤に限らずヴァントの晩年の録音に関して、RCAは万全の水準で臨んでいるようです。 チェロ、コントラバスの響きは、この演奏・録音を待って、はじめて真にシューベルトの意図を再現したようにすら思えます。 価格はいっけん高く思えますが、実は二枚組みです。 一曲ずつ一枚のCDに収まっていて、その意味でも価値のある録音です。 (録音 1995年) DISC Recommend 1 演奏 ★★★★★ 2 録音 ★★★★☆ 3 不朽 ★★★★ 4 買得 ★★★☆ 5 必須 ★★★ ![]() ↑あなたもいますぐこの名盤をゲットできます! HMVでクラシック クラシック人気blogランキング♪ |
オーディオ メインシステム2008-02-10 Sun 13:44
自宅のメインシステム(1st)です。
ほかに、書斎用のシステム(2nd)、会社の自分の部屋用のシステム(3rd)があります。 ・スピーカー QUAD 11L2 ・CDプレーヤー Accuphase DP-57 ・プリメインアンプ LUXMAN L-580 ・FMチューナー Accuphase T-107 ・AUDIOラック HAMILEX V-6606 ・SPスタンド TAOC HST-60H オーディオスペースはフローリングです。 部屋自体は和室です。 この組み合わせがいちばん理想的だと、よくメールでやり取りしている某オーディオメーカーの代表の方に教えていただきました。 ・スピーカースタンドはTAOCのHST-60Hです。 これ重いですね! 30KGくらいある気がします。 支柱の角度で音の傾向を変えられます。 とっても安定していてうれしいです。 ・スピーカーはQUAD 11L2ですね。 ここ数年でずいぶん変わりました。 YAMAHAはNS-1000M、200M 500M 500Ma 100M、B&WのCM1 805S、タンノイのプレステージも使いましたね。 ほか、VictorのSX-500dolceとか、KENWOODのLS-300G(今は会社で使用)、LS-990HG、BOSE 121、ダイヤのDS-251MK2とか。 DENON SC-E757(これも鏡面ピアノブラックでした)、Technics SB-M300も使いました。 JBL CONTROLシリーズも1、3、5と使いました(これは6.1chにしていたのでした)。 QUADは11Lも使いましたが腰高すぎてすぐ手放し、新型の11L2に変えてみました。 これがとってもシルキーで美音。低域から高域までバランスよく、いつ聴いてもうっとりします。 アンプとの相性もばっちりですよ。 ・CDプレーヤーはAccuphase DP-57。 これまで、SONYの DP-XA7ES、SONY SCD-XA1200ES、CDP-337ESD(会社で使用)、KENWOOD DP-1100SG、DENON DCD-3500G、DCD-1650AR、ONKYO C-1VLなんかを使ってきました。 DP-1100SGもいいプレーヤーでしたね〜。大好きでした。 でも、これらのプレーヤーと比較しても、やはり、DP-57は飛びぬけた音であると思います。 Accuphaseでは廉価といえる機体ですが、上級機と聴き較べて選びました。 ニュートラルで、いっさい狭雑物を感じさせない安定した音質は、文字通りアキュレートです。 操作性もよく、SONYメカを使用して作られた最後のCDプレーヤーということも、価値がある一台だと思います。 ちなみにTV or DVDの音声もDACで受けてアンプへアナログ信号として送り出しています。 そのおかげで、映像を見ているときの音のクオリティがとてもアップしました。 ・アンプはLUXのL-580。 なんだかんだで戻ってしまいました、ラックス。 L-580ずっと探していました。550シリーズの最終機ですね。 L580は590より好ましい音だと感じるのは私だけでしょうか? L-570との比較では、空間表現力がかなりアップしていて、ホールトーンや声の拡がりなどをかなり上手に表現します。 音の密度がとても高く、それでいて自然に聞かせてくれ、滑らかそのもので、ボディ色のように薄金色の音色がとても素晴らしいです。 素晴らしく柔らかでいながらボケていない音です。 スピーカー駆動力もとても高いです。でも、いまのよりいいスピーカーは繋ぎたくないですね。 ちゃんと駆動しているかが気になって仕方ないので(笑)。 いまのQUAD 11L2なら、おそらく本来の実力を発揮させているはずです。 B&W CM1も相性がよかったはず。 L-570でCM1を使用しましたが、あのクールなスピーカーにほんのりと色気を乗せるのはさすがでした。 きっと580ならさらによいでしょう。 アッテネーターはよく知られているようにとてもクオリティが高い。 回すこと自体がうれしくなるような機構です。 ですからリモコンがなくてもあまり不満に思わない副作用もあります(笑)。 パネルデザインもとても素敵で気に入ってます。 ここ数年では同じラックスのL-570、L-505s、YAMAHAのA-2000(これもよかった!)、DENON PMA-680R、KENWOOD KA-990EX(会社で使用)、SONY TA-F555ESL、PIONEER A-UK3、PanasonicのSA-XR55も使いました。 私の場合、セパレートとはいまだに縁がないです。 シンプル&使いやすい&省スペースがテーマのひとつになっていますから、今後も縁がないかもしれません。 *いまL-580はラックスにてOH中です。音がよくなって戻ってくるのが楽しみです。それまではL-570で聴いてます。 ・FMチューナーはAccuphase T-107です。 3素子のFMアンテナを立てていまして、感度は良好です。 音質はAccuphaseらしくハイクリアなものです。 これ以前に使っていたKENWOODのKT-1100D、SONY ST-S333ESX MK2もとてもよかったですが、それらと較べてもクラスがひとつ上の音作りのように思います。 ……こんな感じのシステムです。 たぶんマニアの方から見たら、子供だましみたいなものかもしれませんが、私自身はとても完成度の高いシステムになったと思っています。 自己満足が大切ですね(笑)。 ・シンプル&使いやすい&省スペース ・シルキーで滑らかな、聴き疲れしない美音 というふたつのテーマを、充分満足させてくれています。 上に名前が出ている機体で、感想をお聞きになりたい方がいれば、いつでもお答えします。 いまは使ってなくても、忘れられない名機がたくさんありました。 いろいろ装置交換してきましたが、物欲も薄れてきて、これで安心して音楽に浸れます。 クラシック人気blogランキング♪ |
マーラー 交響曲全集 テンシュテット指揮ロンドンフィル(スタジオ録音)2008-02-10 Sun 11:51
![]() ↑HMVのサイトに飛びます マーラーの音楽は、現代を先取りしていたかのようです。 彼は生前、作曲家として必ずしも成功したわけではなかったのですが、いまやその人気は、クラシック音楽界では飛びぬけているともいえます。 それはマーラーの音楽が持っている、退廃・都会生活の荒廃・世紀末的様相・美しいものへの惑溺などが、われわれ現代人の問題意識や病態と、ちょっと信じられないほどマッチしたからだとも思います。 『いつか私の時代が来る』と言葉を残したマーラーは、まさにいま、時代の寵児となっているわけです。 また、録音技術・再生技術の進歩で、もともとオーディオ的な魅力に充ちていた彼の作品が、よりクローズアップされてきた側面も無視できません。 クラウス・テンシュテットは、不思議な指揮者です。 東独からの亡命によって、国際的なキャリアをスタートさせた彼は、演奏の素晴らしさで、瞬く間にスターダムを駆け上がってゆきます。 北ドイツ放送響からロンドンフィルの音楽監督へ。 そこで彼は、楽団員から絶大な支持を受け、ロンドンはクレンペラー以来の偉大な指揮者の登場に沸きました。 それでいながら、一期一会の言葉どおり、演奏会には文字通り命をかけるように取り組み、楽屋に戻ってくると、半死半生の様子になっていたともいいます。 『数年前まで、東独の田舎の指揮者でしかなかった私が、いまや世界中で知られ、客演を求められているのは、本当のことなのだろうか。自分のこととして信じられない』 そう述べたともいわれ、いわゆる巨匠的なルーティン・ワークに決して陥ることなく、きわめて燃焼度の高い演奏を常におこなってきた指揮者でした。 まことに残念なことに、テンシュテットはほどなく、病に倒れ(喉頭がん)、実質的な西側での活動期間は、20年にも満たなかったのでしたが、そのなかで唯一、まとまった録音として残されたのが、マーラーの交響曲全集でした。 テンシュテットはとりわけマーラーを得意としてい、また共感も深く、大変な情熱を燃やしていました。 彼の早世は残念きわまることではありましたが、その仕事がこうしていま、まとまって聴けることには感謝したいと思います。 第1番『巨人』などは、カラヤンがこの録音を聴いて感激し、たびたびベルリンフィルの指揮台に招くことになった記念碑的名演ですし、第2番『復活』は彫りの深い壮絶な演奏です。 ほかにも第5番、第6番、第7番、第8番、第9番、第10番は特に素晴らしく(ここに挙がっていない3番、4番も彼の素晴らしいマーラーです)、テンシュテットはマーラーの音楽に潜む不気味な胎動や、暗黒的な力、生への憧憬や、死への恐れなどを、えぐりにえぐって表現し尽くしています。 たとえアダージョであっても、そこには楽天的な歌ではなく、切ないまでの生への希求が音の奔流となって現れ出ているかのようで、背筋が寒くなるような畏怖とともに、別次元の感動をも禁じえません。 マーラーの交響曲全集はあまたありますが、そのもっともシリアス(深刻)な演奏といえ、ひとつの金字塔でもあると思います。 11枚組に収められ、ボックス化されたこのセットは、マーラーの交響曲を聴くうえで、欠かすことのできないアイテムです。 一生物の感動を、与えてくれるものといえますし、ほかの指揮者の演奏を聴いても、また戻ってきてしまうような、懐の深さをも併せ持っている名演といえそうです。 もうひとつの極限シリアス全集(ただしこちらは、積極的前進の精神を前提として持っているシリアスです)であるバーンスタイン盤もむろん素晴らしいですが、価格を考えた場合、数分の一の値段で買えるテンシュテット盤は絶対のお勧めです。 一枚あたりワンコインとは、この超名演に申し訳ないくらいです。 録音は、年代によって多少の差はありますが、満足できるレベルです。 優秀録音とまではいえませんが、大オーケストラの鑑賞をするのに、不足ないレベルといえそうです。 第1番『巨人』のフィナーレなど、とてつもない音の波がおそいかかってくるようです。 (録音 1977-86年) DISC Recommend 1 演奏 ★★★★★ 2 録音 ★★★☆ 3 不朽 ★★★★ 4 買得 ★★★★★ 5 必須 ★★★★☆ ![]() ↑あなたもいますぐこの名盤をゲットできます! HMVでクラシック クラシック人気blogランキング♪ |
シベリウス 交響曲全集 マゼール指揮ウィーンフィル(1963-64年)2008-02-10 Sun 10:01
![]() ↑HMVのサイトに飛びます 私が最も愛している作曲家は、シベリウス、ブラームス、マーラーの三人ですが、なかでもシベリウスは特異な作曲家です。 交響曲を聴いていくうちで、避けては通れない作曲家でもありますが、私が特異だと思うのは、その音楽の受容のされ方です。 たとえばそれは、ブラームスのようでもないし、ベートーヴェンとも違う。ましてマーラーとは相容れないものですし、シューベルトを聴くときのようなゆき方とも違ってくる。 たいがいの聞き手は、どういうわけか、シベリウスの音楽に熱中する時期があり、その間、聞き手はシベリウス以外の音楽を聴かなくてもいいような感覚にとらわれるようです。 それだけのめりこんで、一日中シベリウスの音楽と過ごすようになると、もはや恋にも似ているといえそうです。 シベリウスの音楽のありかたとも、それは関係してきているように思われます。 フィンランドの自然を愛し、その厳しさ美しさを音に描きつづけたといわれるシベリウスは、人間のドラマを交響曲に仮託したようなブラームスの音楽とは、根底からまったく異なる性質のものです。 カラヤンは、シベリウスの音楽には、『人間がひとりもいない』と発言しました。 ある意味ではそのとおりで、通常の音楽に対する聴き方とは、まったく違うスタンスを、求められるのは間違いないです。 それがひいては、シベリウスの音楽の、ある種の難解さにつながっているともいえそうです。 さて、1960年代に、ウィーンフィルはレパートリー拡大プロジェクトを打ち出しました。 それは、ドイツ・オーストリア系の音楽に偏っていたプログラムを、より広範なものに前進させてゆこうという企みで、当時、新進指揮者として注目されていた鬼才マゼールがその一翼を担い、DECCAにチャイコフスキーとシベリウスの全集を録音しました。 チャイコフスキーも名盤といえるものですが、ここでの彼は、よりシベリウスに上手さを発揮しています。 前述のように、やや難解さもあるシベリウスの音楽を、ここまでエキサイティングに、魅力のわかりやすい形で音にしたのは、マゼールにして初めてできたようなことでした。 ウィーンフィルの美音と、太く力強い音を活かしきって、自信みなぎる音楽にしていますし、当時ソニック・ステージの名で、抜群のステレオ効果を売りにしていたDECCAのマルチマイク録音が、その演奏をあまさず捉えています。 これを異色の名演という人もいますが私は必ずしもそうは思いません。 いってみれば表現意欲が極限までみなぎっている正当の演奏であり、シベリウスをウィーンフィルで演奏することの意義も、意味も、よく理解していたであろうマゼールだからこそ可能な快演であったと感じられるのです。 ソニック・ステージもこの録音で抜群の効果を発揮し、第一番など、とてつもなく広壮な空間に、静かに音楽が鳴り響いてゆく様子が表現されています。 第二番の、個々の楽器をハッとするほど鮮やかにキャッチしている音もめざましく、オーディオファンならば、誰しも興味をかきたてられずにはいられないような名録音です。 これが1963年の録音とは、信じがたい思いです。 ここまで面白く聞かせてくれるのは、ある意味でフィクション的でもあるのでしょうが、レコードを聴く楽しみを、DECCAの録音スタッフがどう考えていたか、それがわかりとても興味深いですし、重要な足跡でもあるという気がします。 これだけの名演・名録音が、3枚組セットでこの価格というのは、とてつもないバーゲン・プライスという気がします。 シベリウスの交響曲をこの全集から聴きはじめる、というのは、決して間違った選択ではありません。 (録音 1963-64年) DISC Recommend 1 演奏 ★★★★☆ 2 録音 ★★★★☆ 3 不朽 ★★★★ 4 買得 ★★★★★ 5 必須 ★★★★ ![]() ↑あなたもいますぐこの名盤をゲットできます! HMVでクラシック クラシック人気blogランキング♪ |
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